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第4回 矢祭町の公立図書館(前編)~「矢祭もったいない図書館」の誕生~

 2009年8月、やや秋めいてきた福島県矢祭町を訪れました(以下のデータ等は訪問時のものです)。
 矢祭町は、福島県の南部に位置し、町内には一級河川の久慈川が流れ、また、東に阿武隈山系、西に八溝山系が連なる風光明媚な農山村地帯です。福島県の郡山市と茨城県の水戸市を結ぶJR水郡線が町内を通り、町の中心駅である東館駅までは郡山駅、水戸駅どちらからも約90分で着くことができます。人口は、約6,700人で、漸減傾向です。

 矢祭町は、根本良一前町長の町政時代の2001年10月、「市町村合併をしない矢祭町宣言」を町議会で議決したことによって、全国に大きなインパクトを持って知られることになりました。この宣言を受けて、矢祭町は町民の協力のもと、行財政改革を積極的に推進しています。

 例えば、築45年以上になる町役場庁舎をそのまま利用して、「行革のシンボル」としています。また、職員数の削減を進める一方、それが町民に対する行政サービスの低下につながらないように、役場窓口の業務にフレックスタイムを導入して7時半から18時45分まで開庁する、土日も日直者2名が窓口対応し平日と同じサービスを提供する(事実上、年中無休)、職員の自宅を出張役場と位置づけて税金や水道料金等の収納対応をするなど、斬新な試みを行っています。

 2007年4月には前町長が引退し、古張允新町長が就任しました。古張町長は行財政改革のさらなる推進へ向けての試行錯誤を続けています。また、町議会も自らの改革に積極的で、2002年9月には議員定数を18人から10人に削減し、2007年12月には矢祭町議会決意宣言「町民とともに立たん」を発して、議員報酬を日当制に改めています。


 こうした矢祭町に2007年1月に開館したのが、「矢祭もったいない図書館」です。

 矢祭町には、「矢祭もったいない図書館」が開館するまで、町立図書館はありませんでした。前述のような行財政改革を進めている状況からして、新規の図書館設置は困難と誰もが考えてしまうところでしょう。
 ところが、矢祭町は、2005年に図書館の設置に向けて動き出すことになったのです。

 その契機は、同年に町の第3次総合計画策定のために町民にアンケートを行ったところ、「町立図書館の早期開設」を求める要望が大多数となったことにありました。「矢祭もったいない図書館」の金澤昭館長は、筆者の聞き取りに「町内には書店もないので、本に触れる所がほしかった」のだと語っていました。ただし、町内には、公共の読書施設がまったくなかったわけではなく、中央公民館と山村開発センターに図書室が設けられていました。しかし、蔵書冊数は両図書室合わせても9,000冊程度で、利用もほとんどなされていなかったといいますから、町民のニーズに応え得る施設とはなっていなかったものと推察できます。

 町民からの要望を受け、町当局は検討を開始します。まず、建物については、「町職員から、既存の建物を改築すれば、少ない予算で可能ではないかとの提案があり、武道館を、地域開放型交流施設として整備し、図書館にすることに決定」(註1)したのでした。
 金澤館長によると、中学校に武道場が新設され町民もそこを利用できるようにすることによって、武道館が転用可能になったとのことでした。2006年7月に武道館の改築工事が着工され、2007年1月に竣工した。事業費は3億3564万8000円でした。

 次に、蔵書ですが、既存の9,000冊程度の蔵書では不十分であり、最低でも3~4万冊は揃えたいと当初は考えていたようです。しかし、図書購入費の確保は厳しいというのが町の実状でした。
 2006年6月、福島市内で開かれた会合で町の自立課の職員が図書館づくりに関する取り組みを講演したところ、その会合に参加していた毎日新聞社福島支局長から全国に図書の寄贈を呼びかけてはどうかとの提案がありました。
 これを受けて、同年7月18日付の『毎日新聞』の全国版で矢祭町への図書寄贈を呼びかける記事が掲載され、1日で380件もの問い合わせが寄せられたといいます。他のメディアも報道するようになり、全国的に大きな反響を呼ぶことになり、1か月後の8月中旬には、当初の目標を超える5万冊が寄贈され、1年後の2007年8月には40万冊を超えるに至りました。

 こうして蔵書のほとんどを寄贈図書で構築するというユニークな図書館が実現することになったのです。


 建物と蔵書が揃っても、図書館を運営する人材がいないことには、図書館は成り立ちません。人材に関しても、職員の削減を進めている町としては、職員を図書館にまわすのは難しい状況でした。
 そこで人材に関しては、町民の力を借りることで対応することになり、2006年7月に「パートナーシップで創りあげる新しい図書館づくり」検討会を開催し、続いて、43人の町民ボランティアから成る「図書館開設準備委員会」を立ち上げました。

 「図書館開設準備委員会」は、さっそく寄贈図書の整理、分類作業等に着手します。ところが、いくつかの問題に直面することになります。

 ひとつは、整理、分類作業を行うにも、「図書館開設準備委員会」のメンバーには司書の資格を持つ者は1人しかなく、多くのメンバーが日本十進分類法(NDC)にも不慣れという状況にあることでした。そこで、福島県立図書館に協力を求め、同館の職員の指導を受けながらNDCを会得していったといいます。
 もうひとつは、寄贈図書が予想外に多く届いたため、作業の人手が足りないという問題でした。これに対して、町商工会婦人部・青年部、町婦人会、農協婦人部のメンバー、保育所、幼稚園の教職員などが手弁当で手伝ってくれるようになりました。

 初代館長となった齊藤守保氏は「素晴らしい町民力と町民の奉仕の心に、改めて感銘しました」と述べています(註2)。

 12月28日には分類の終わった図書の館内への排架も終え、「図書館開設準備委員会」は解散となりました。
 年が明けて、2007年1月9日には、「図書館開設準備委員会」のメンバーらを母体に新たに「矢祭もったいない図書館管理運営委員会」(以下、運営委員会)が発足し、この運営委員会が指定管理者となって開館後の図書館の運営に当たることになりました。

 こうして、1月14日、「矢祭もったいない図書館」が開館しました。「矢祭もったいない図書館」の実際については、次回詳しく紹介したいと思います。


註1 齊藤守保「報告・矢祭町から―「矢祭もったいない図書館」開館す!!」『みんなの図書館』362号,2007年,p.57.
註2 註1の論文,p.59.なお、開館準備に尽力された齊藤初代館長は、2008年9月に逝去されており、聞き取りはかないませんでした。

【参考文献】
齊藤守保「報告・矢祭町から―「矢祭もったいない図書館」開館す!!」『みんなの図書館』362号,2007年
中沢孝之「矢祭もったいない図書館を訪ねて」『図書館評論』48号,2007年
山本順一「自治体の経営戦略と図書館のあり方―福島県矢祭町の事例を通じて考える」『図書館評論』48号,2007年
野口武悟「岐路に立つ地方自治体と図書館経営(Ⅱ)―福島県矢祭町と島根県海士町の場合―」『人文科学年報』40号,2010年
by e-toshokan | 2010-09-30 20:49 | 公立図書館